内館牧子氏が「週刊朝日増刊号」で再び、朝青龍攻撃を行っている。あまり具体的な例は挙がっておらず、朝青龍の「蛮行」という言葉を頻出させるという説得力のない手法なのだが…。
具体論がないから反論もしにくいが、かねてから『お帰りなさい朝青龍』(内館牧子著、朝日新聞社)の内容について不正確な記述が気になっていたので、それを質しておきたい。
内館氏はサッカー騒動を同書で語る際に
①四日市社会保険病院の診断書について、その正当性を一貫して無視している
②テレビでニュースが流された日付を7月25日と1日早くしている
③朝青龍関がサッカー報道後、来日した日付を7月31日と1日遅くしている
①については重大な事実の意図的な無視であり、②と③はささやかな「うっかり」ミスのように見せて、巧妙に朝青龍関を追い詰める時間の操作だ。こんな操作をした挙句、朝青龍を「ふつうなら親方が帰国せよと言ったら取るものもとりあえず翌日には帰国するだろう。だが、実際に帰ったのは帰国命令から5日もたってからである」と非難する。
悲しいことに、この②と③は「岐路に立つ大相撲」というyahooの相撲関連のデータサイトにも見受けられる。
朝青龍関がサッカーをしたのは帰国当日の午後5時頃だ。同じ日の夕方の日本のニュースには間に合わず、26日の深夜(25日でいえば24時30分ごろ)のニュースで流れたのが第一報。ほとんどの人が見たのは26日の午前7時以降のことである。
■事実経過
2007年名古屋場所(初日:7月8日~千秋楽:7月22日)
7月19日 12日目、腰と肘の痛みがひどく、朝青龍関、四日市社会保険病院の整形外科で診察を受ける。
7月22日 千秋楽、朝青龍関 名古屋場所優勝(14勝1敗)、四日市社会保険病院で再診を受ける。
森下医師、診断書を発行。
(7月 23日~29日) 場所後1週間の全力士公休日
7月25日 日本相撲協会理事会。終了後、朝潮親方、診断書とともに朝青龍関の巡業休場を協会に申し出る。朝青龍関、モンゴルへ帰国。日本-モンゴル友好親善行事に出席。イベントの一つである親善サッカーに飛び入り参加。
7月26日 フジテレビでサッカーのもようが放送される。(日本相撲協会に視聴者から抗議が殺到したといわれる。)北の湖理事長、朝潮親方激怒。朝青龍関に帰国が命じられる。
7月27日 協会 巡業部会合。朝青龍関を巡業から締め出すことが決定される。「参加したいといってきても参加させない」
8月1日 協会 臨時理事会開催。朝青龍関、朝潮親方への処分決定。中田英寿、事務所を通じて事情説明のファックスを高砂部屋に送信。
8月3日 夏巡業始まる。
朝青龍報道では、内館氏も含めて報道各社が自分の組み立てたいストーリーに沿って、意図的に事実を無視することがたびたびある。サッカー報道のときには、ストーリーの根幹が破綻するような事実を無視するという悪辣さだった。
7月31日の四日市社会保険病院が出した「診断書」の正当性についての見解を無視したことだ。
マスコミが組み立てたストーリーは「仮病を使って巡業をさぼり、サッカーをした」というもので、「仮病」がストーリーの根幹になっている。
しかし、朝青龍関に診断書を出した四日市社会保険病院は、診断書は決していい加減なものではなく、7月19日にMRIなども使って診察をした結果の正当なものだとの見解を7月31日に出していた。このことは、「週刊新潮8月4日号」の記事でも明らかにされたので、「左肘はかなり重症だが腰の疲労骨折については軽い運動ができる状態」だと、7月末にはマスコミ関係者は知っていたはずだ。
にもかかわらず、「仮病で巡業をさぼり」という報道は8月になっても延々と続いた。7月31日の病院発表は、なかったもののように扱われたのだ。<結局、10月10日、担当の森下医師は協会を通じてではなく、マスコミに直接、「診断書の正当性」を再度、発表した。>
見事な復活優勝や朝青龍関のチャーミングな笑顔のせいか、サッカー騒動のことを誤解したまま、「水に流そうか」と思っている人も多いようですが、「サッカー騒動とは、マスコミによる朝青龍名誉毀損報道である」と改めて知ってほしいです。
朝青龍関がサッカー騒動においていささかも非がなかったことを、春場所前に書いておきたかった。


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