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「現代思想11月号」大相撲特集を、ぜひ、読もう!

2010/11/13 13:17

 

 青土社「現代思想11月号」が大相撲を特集している。とても読み応えがある布陣であり、かれこれもう20日間ほど読み続けているがまだ発見がある。掲載されているのは、討議(鼎談)も含めると15本ものエッセイと評論。特集のもくじを紹介しよう。

 

 特集 大相撲

チカラビトは生きつづける 宮本徳蔵(作家)

受け継ぐもの・変わるもの 乃南アサ(作家

「国技」と称され続けるために  デーモン閣下(タレント)

大相撲のゆくえ―近代スポーツを超えて―

 稲垣正浩(スポーツ史) 今福龍太(文化人類学) 西谷修(フランス思想)

女、三十にしていかに相撲にハマるか 久保田智子(アナウンサー)

相撲の知覚 佐々木正人(生態心理学)

ヒールを排除するこの国の世相 森達也(映画監督)

大相撲における真理とは何か  澤野雅樹(社会思想史)

興行としての大相撲  松原隆一郎(経済学)

民衆史としての大相撲 高津勝(スポーツ史)

越境性の受容 亀井好恵(民俗学)

七月の身体 井上邦子(スポーツ文化論)

帝国日本の相撲 胎中千鶴(歴史学)

力士のシンボリズム 寒川恒夫(スポーツ人類学)

相撲の歴史を捉え直す リー・トンプソン(社会学)

 

 久保田アナや森監督のエッセイは気楽に読めるが、女相撲の歴史を紹介した亀井好恵の「越境性の受容」にしても、戦前の日本帝国主義による植民地支配(外地)と大相撲が培った相撲道の変遷を追った胎中千鶴の「帝国日本の相撲」にしても、読みこなすには相当の集中力がいる。

 だが、それぞれに披瀝されている知見はゆたかだ。

 断片で紹介するのは少し不本意でもあるけれど、松原隆一郎氏の白鵬朝青龍評がまた新しくなっていたので紹介しておく。

 松原氏はサッカー騒動の後、宝島社のムック朝青龍を大相撲の救世主として論じていた。そのときの文脈は、小錦、曙、武蔵丸といった大型力士に席巻されそうな大相撲を日本人力士のサイズに戻したというものだった。だが、今回、彼はその言説を微妙に変えている。格闘技として大相撲は大型力士の時代から脱していないというのだ。むしろ、レヴェルの著しい向上が固定化してしまったというか、大相撲のレヴェルはもの凄いところに行っていると捉えている。

 その証左として松原氏は、世界大相撲選手権(1994年)でのモンゴル相撲の力士、バットエルデンの活躍を書く。体重300キロの黒人力士、ヤーブローを投げつけて勝利を手にしたバットエルデンの、当時の体重は125キロ。その姿を目の当たりにした松原氏は、「技よりも何よりも、身体の強さの違い」を痛感したという。引用する。

 

 朝青龍白鵬は、一見すると日本人に近い体型をしています。それが理由で多くの人は、大相撲は以前に近い姿に戻った、ハワイ出身の大型力士たちに席巻されずに済んだと思っているかもしれませんが、根本的なところでは変わってしまったままです。朝青龍の態度が悪いといっても、他の力士たちとは次元の異なるところにいた以上、稽古する必要がない。そこにたまたま真面目な白鵬が上がってきたから、彼は勝てなくなってしまっただけでしょう。ですから、今度は白鵬には誰も勝てないのではないでしょうか。朝青龍との名勝負は最後に二番ありましたが、特に一度目(本割、寄り切りで白鵬の勝ち)は恐るべきもので、普通の日本人力士には触れることもできないレヴェルです。過去のどんな取り組みも次元が違うと言わざるを得ない。それほどまでに、あの二人の闘いは驚異的で、スポーツ史に残るものだったと思います。正直、二人がなにをやっているのかが全然わからないのですから。もの凄い反射神経と力、そしてバランスが拮抗し、かつ混在していた。曙以降の外国人力士たちの存在は、スポーツ性においては大相撲を全く異次元の世界に引き上げてしまった。それは素直に褒めなければ、何を言っても始まらない。

 

 松原氏の論が秀逸なところは他にもある。格闘技の興行として700人もの力士を養っている点で、大相撲は世界を見回してもモンスター級に成功しているというのだ。日本で大相撲以外のすべての格闘技を集計しても、大相撲の十分の一も集客していないのが現実だと指摘する。

 

 デーモン閣下の「国技と称され続けるために」はかれの改革案の集大成。穏健な相撲ファンとしては至極、まっとうといえる内容といえるのだが、今回、彼が思い切って踏み込んだのは横綱の国籍についてだ。「横綱は日本国籍を有するもの、または日本国籍を取る予定のものに限る」という改革案の提示には、市民的な感覚からすると抵抗のある人もいるかもしれない。

 だが、こうした大相撲の外国人力士への「差別の顕在化」は、すなわち大相撲のグローバリゼーションからの退却の明示ととらえると、朝青龍との決別以降の相撲界のゆくえとしては、必然ともいえる。

 だいたい、大相撲のグローバリゼーションにはどこか帝国主義的なにおいがあるのだということも「帝国日本の相撲」で改めて認識できたことだ。

 

 私の場合、琴欧州や把瑠都の取り組みにあまり興奮しないし、やはりモンゴル力士の相撲が楽しい。そのモンゴルで相撲が大きく変貌を遂げつつあるということを「七月の身体」からは学んだ。この七月の身体と朝日新聞社から発刊された『朝青龍 よく似た顔の異邦人』については、また、きちんと紹介していきたいと思う。

 

 そして、一番の収穫は、稲垣正浩、今福龍太、西谷修が近代スポーツの限界という問題意識を共有しながら鼎談している「大相撲のゆくえ」だった。この鼎談で岩波の「世界2010年4月号」で稲垣氏、今福氏が「朝青龍はなぜ追放されたか」という対談をしていることも知った。二人は、競技性を追及する近代スポーツは人間の身体の徹底的な管理が可能という思想に基づいており、ドーピングやサイボーグ化は必然であってすでに袋小路に入っていると説く。

 そして大相撲にはまだ伝統スポーツとしての芸能性や身体観が残っており、それは相撲が未来に生き残る可能性だという。が、その魅力をふんだんにもっていた朝青龍を協会が追放したことには強い憤りをもっている。

 

 15本のうちほとんどで朝青龍は好意的な文脈で語られており、朝青龍には一切ふれていない「越境の受容」においても女相撲と観客の関係性の論述を通して、大相撲が天皇との関係で「国技」として欺瞞性をはらんでいった過程を明らかにすることで朝青龍を弁護しているような節がある。つまり、この特集はまるごとすべて朝青龍のオマージュとして構成されているといっていい。

 

 さあ、みなさん!ちょっととっつきは悪いが(表紙は白鵬横綱土俵入り)、「現代思想11月号」を買いに本屋へ走りましょう!

 

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朝青龍を失った相撲界のゆくえ

2010/11/13 13:10

 

 

新田一郎著『相撲の歴史』を読んで大相撲を見る目を自分なりに鍛えていこう、そんな風に思って彼の大作に挑んでからずいぶん、日にちがたってしまった。

その間に、放駒理事長が出演したテレビ番組を見て、「ふうん、魁傑は現役時代もっと単純な人だと思ったけど、それなりに含蓄もあり、シャープさもあって、現代的な理事長だな」と見直すこともあった。

また、協会の広報顧問にヤンキースの広報担当だった広岡勲氏が着任し、「すごい!よく広岡氏を選び出し、実現できたこと」と、協会の改革がまあ、そう悪くない方向で進んでいるようだと納得したりもした。

 

その一方、大勇武が芝田山親方を訴えたせいでも、琴光喜が解雇処分の不当を訴えたせいでもなく、大相撲の危機は続いていることを確信する。

どんな将来像を描けば、大相撲は生き残れるのだろう。そうすぐさまガタガタと崩壊するわけではないだろうが、ゆっくり着実に凋落の道を歩んでいるように思えてならない。

 

もちろん、これには前提がある。

朝青龍を排除したことだ。

 

単純に人気のことを指しているのではなくて、大相撲が日本社会にどういったものとして受け止められたいのか、どんなメッセージを発していけるのか、それがよくわからなくなってきた。

 

朝青龍との決別以前なら、かろうじて発していたメッセージがあったと思う。

ときに国技と襟を正し、伝統文化という面があるのは確かだが、「儀礼性で飾って見どころを作った興行であるところの格闘技」だ。曖昧なものをたっぷり内包しているから、日常社会のルールでは計れない部分がある。異形の者としてのチカラビトの世界ゆえ、スポーツとしてのフェアネスにも、祭祀としての神事性にも、まして精神的な武士道にも収斂させていくことには無理があるのだ。

朝青龍との決別は、相撲協会が何かに向けて収斂というか退却を始めたように思える。そこにはどんな未来があるのだろう。

 

自分たちが排除の論理をふりかざしながら、そのことをメディアがいかに後悔しているかを描いたのが『朝青龍との3000日戦争』(文藝春秋刊、横野レイコ著)だ。ファンとしては読み応えもあるがそれは、「やっぱりそういうことだったのか」とこれまでの感想に裏付けを得られた感があるから。例えば、2009年の北海道夏巡業で朝青龍が川遊びをして「朝青龍 あわや溺死寸前!」と非難がましく報道された件など、記者と朝青龍は一緒に川遊びに興じ、井上陽水の「少年時代」を口ずさむ朝青龍の歌声に聴き惚れたりして

楽しい夏休み気分を味わっていたようなのだ。それでも、記事には「巡業の合間に川遊びをして、万が一溺死でもしたらどうするつもりだ」と朝青龍の自覚不足を詰る原稿を上げる。記者たちは朝青龍の振る舞いを面白おかしく脚色しては記事にする。横野氏自身があとがきでこんな風に述べている。

 

 強いけど悪い、悪いけど憎みきれないやんちゃな横綱は、史上最強の横綱として相撲界を支えた。どんな極限状態にあっても行けば必ず取材に応じてくれた。怒りながらも取材に来た私達の気持を汲んでくれる姿勢が、朝青龍現象をさらに盛り上げた所以でもあった。

 喜怒哀楽の激しい朝青龍は、ごまかしたいときには必ず言葉少なになっていた。さらに言葉を引き出さねばならなかったリポーターの私に怒りをぶつけてきたこともあったが、どんなときも正直で彼の言葉には嘘はなかった。強さだけではない魅力に満ちあふれたヒールの言動に目が離せなくなり、いつの間にかメディア戦争の中で行き過ぎた部分もあり、私達は自らの手で貴重な素材を手放すことになったのかもしれない。

 

 こんなあとがきだけでなく、本文からも朝青龍がメディアをどう扱っていたかがうかがわれて切ない。引退会見で「記者もこれでメシを食って、家族を養っている。オモシロおかしく書かれるのも仕方ないかなと思っている」と言っていた朝青龍の言葉が、まさしく正直な発言だったことがよくわかる。

 引退直後、ハワイでゴルフをしていた朝青龍のもとに報道陣が詰めかけたときのこと―

 

取材はしないとの条件で、朝青龍がテレビ各局の顔見知りを食事に誘った。朝青龍ハワイに来ると必ず訪れる行きつけの焼鳥屋だった。そこには、ゴルフ場で見せていた笑顔とは全く違う、考えられないほど落ち込んでいる朝青龍の姿があった。気を遣ってみんなのお皿に料理を取りわけてくれるが、あまりに沈み込んだ朝青龍に、みんなもかける言葉が見つからなかった。

 

 ともかく、あれほど悪口を書いていたにもかかわらず、メディアは朝青龍にぞっこんだったようだ。引退後、モンゴルで密着取材をしたときのこと、取材陣は子どもたちと柔道でもしてくれることを期待して朝青龍をスポーツアカデミーへと誘う。が、朝青龍はまったく乗ってこず、無駄足になったかにみえた。ところがレスリング場に足を踏み入れた朝青龍は、トレーニングウエアに着替えてレスリングを始め、するとみるみるうちに身体中に闘志を漲らせたというのだ。

 

 嬉しい誤算だった。朝青龍の引退後、まだ身体に残る闘志を映像に収めることが出来たのだ。おそらく、本人も見せるつもりではなかったかもしれないが、レスリングをしているうちにいみじくも見せてしまった朝青龍の闘争魂。これこそが、横綱朝青龍の源である。負けても、起き上がり、また相手に向かっていく姿は、横綱であろうと、「もう一丁!」と言って負けた相手に向っていった初場所までの朝青龍となんら変わっていなかった。(略)

 私が、朝青龍取材に引き付けられたのはこれなのだ。取材に行かなければわからない…そんな魅力が朝青龍取材にはあった。多くのメディアを惹きつけて離さない魅力は、朝青龍自身もわからない計算外のハプニングがいつもそこにあったからだろう。

 

 まったく、メディアはこれほど格好の素材を何故に手放してしまったのだろう。

 そして、もっと深刻なのは、すでにメディアと不可分一体でなければ成り立たなくなっている大相撲である。スキャンダルも含めて、さまざまな話題を生産してくれた朝青龍を自らの手で葬ったことである。

 

 日本相撲協会は、朝青龍を異物と捉えていたのかもしれないが、メディア‐スポーツ複合体によって集客が可能になっている現代の大相撲にとって、朝青龍はまさに「鑑となる力士」だったといえるだろう。

 

 千代の富士の記録を抜いたときにすら、白鵬はスポーツ紙の一面を飾ることはできなかった。今、「絶対にありえない」とされてきた双葉山の69連勝に白鵬が迫っているが、双葉山を取り巻いた熱気にははるかに遠い。実際には双葉山以上の偉業に白鵬は手をかけているのだが…。

 清廉な力士を理想とするなら、白鵬ほど清廉で圧倒的に強い力士が相撲界に存在したことはなかった。その横綱がスポーツ紙の1面にもならない、集客にもつながらないとすれば、大相撲人気をどうやって高めるつもりなのだろう

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第六十八代横綱 朝青龍引退式

2010/10/04 21:52

 

  10月3日、断髪式での朝青龍は、ひたすら美しかった。やはり背筋のつき方がどこか違うのだろう。背筋がすっと無理なく伸びて、崩れたところがどこにもない。しかも、左右の歪みすらどこにもない。本当に稀有な美しいバランスだ。

 

 土俵に上る人たちの顔ぶれ、発せられたメッセージにいろいろな思いが去来したが、「あ!」と思ったのは、モンゴルの少年相撲の監督さんのメッセージだ。

 「朝青龍は、モンゴル相撲の少年横綱で将来はモンゴル相撲の大横綱になると期待されていた。だから、日本の相撲界がモンゴルにスカウトに来たとき、『モンゴル相撲の力を見せて来い』と日本に送り込んだのが朝青龍だ」

 

 こんな期待も受け止め、日本で「国技大相撲」の横綱を務めていたんだ朝青龍は…。

 

 彼を引き裂いてきたであろう、二つの国からのときに相反する期待の大きさを実感できた一日だった。

 

 最後まで、「自分のまこと」を貫いた朝青龍

 やっぱり悔しい、そして情けない、たやすく「前に進むしかないだろ」とは、まだ口にしたくない。

 

 

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DVD国技「大相撲」の「貴乃花最後の優勝編」を見る

2010/08/08 18:09

 

  夏休み到来。引き続き、相撲について、アジアについて勉強する予定だが、気分を締めるために朝青龍の相撲を見たくなった。

 で、DVDの「国技大相撲」を購入。タイトルが「貴乃花最後の優勝」だから複雑な思いはあるものの、「朝青龍七連覇」編で白鵬の成長振りが追えたことから類推するに、朝青龍の生きのよい相撲を見るには、この巻しかありえない。

 

 ということで、平成14年から15年にかけての、新入幕、新小結、関脇、大関へと番付を駆け上がった朝青龍に再会できた。

 

 本当に生きがよい。俊敏によく動き、しかし、足指は土俵をしっかりと噛み、膝の高さなどは一定でびくともしない。

 

 そして、まあ、「え、え~ッ」と思ったのは、前髪が極端に短くて「これは脱け毛?」と見間違うほど、薄くなっていることだ。当時は気付かなかったが、鉄砲柱に前頭部を叩きつける稽古によってなのだろう、前髪が極端に薄くなっている。「稽古の鬼」、朝青龍ここにありを再確認することになった。

 

 そうだった、入幕から大関になる頃まで、朝青龍というのはどちらかというと生一本な、稽古については脇目もふらない優等生というか、生真面目な力士という印象だった。と、これは余談ではあるが、そんな風にメディアは伝えてきたし、このDVDでもその路線のままである。生真面目な朝青龍が、真っ向勝負で人気を集める姿、朝青龍が「次の時代の主役」として歓迎されていく様子が画面から伝わってくる。

 

 そしてじわじわと、「外国人力士としては朝青龍の扱いはまだマシだったのかも」という感慨が湧いてきた。

 

 ベースボール社の「国技大相撲」を5巻ほど買って見てきたが、小錦も、曙も武蔵丸もDVDでは実によく負ける。魁皇に負け、栃東に負け、琴光喜に負け、千代大海に負け、朝青龍に負ける。気の毒なくらい、相手力士の引き立て役としてクローズアップされている。

 

 優勝14回の輪島が輪湖時代という1巻を費やされていることに比べると、曙が活躍した時代は、「平成の大横綱貴乃花」、「兄弟横綱誕生」「貴乃花最後の優勝」と3巻すべてが主役は貴乃花だ。優勝14回、しかも横綱空位という大相撲の危機を救い、一人横綱を1年11ヶ月務めた曙に対して、冷淡すぎる扱いなのじゃないだろうか。しかし、これが実態である。

 

 待遇に「まだマシ」というのは危険なことではあるが、朝青龍が当初、かなり幅広い相撲ファンから「期待された、待望の日本人的横綱」だったことは間違いないことのようである。

 

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天皇からのねぎらいと賜杯について

2010/08/04 18:24

 

 

 新田一郎著『相撲の歴史』で学んだように、大相撲は興行としての魅力を高めるために、いろいろな物語や装飾をまとっている。その中でもブランド価値を高めるうえで大きく働いたのは「昭和天皇の相撲愛好ぶりを語るエピソード」と「天皇賜杯」である。

 双葉山が頭角を現した時期に、相撲を愛した若き君主は、自らもまわしをつけたこともあるし、観戦も熱心だったそうだ。

 

 その伝統はささやかながら今も続いており、天皇一家は、時折、大相撲に対してコミットすることがある。

 サッカー騒動で朝青龍がPTSDに陥ったときも、皇太子がモンゴルでその1週間ほど前に朝青龍の父母から歓待を受けていたとかで、皇太子から協会幹部に「朝青龍関はどうしていますか?」とお尋ねになったことがあった。そこから朝青龍への非難が下火になったなんてことにはならなかったけれども。

 

 暴力団との関係が白日の下にさらされて、今、大相撲はちょっとイメージがよくないが、基本的には世界でも稀に見る「成功を収めた興行スポーツ」である。大相撲は国民に広く親しまれ、さらには外国人にも門戸を広げ、観客の観戦マナーもよく(殴り合いなど起こったことがない)、江戸情緒を残しており、知名度もまあまあ高い、しかも上位の力士は身体能力から見ても天才的…と、今どき珍しいほど「国民的」な実態をそなえている。

 

 これは国民統合の象徴たる天皇としては、冷遇することはできないでしょう。

 

 いや、こんなエラソーな書き方をしてはいけなかった。

 私は、モンゴル出身の一人横綱が、「優勝力士への賜杯授与を自粛するなんて自ら国技を潰す気か!」と憤っていたときに、「困難な場所でよく頑張りました」とねぎらう天皇センスはかなりのものだと思う。

  大相撲を大相撲たらしめている諸要素や、そのバランスを保つ上での自らの位置などよく理解しておられると思う。つまり、優勝したのが「モンゴル出身の横綱」であり、また、夏のできごとだから、ねぎらったというのが正解だろう。

 太平洋戦争の発端が中国の満蒙地区への侵略であり、アメリカというより中国と朝鮮半島において敗北を喫した日本について少なくとも現天皇は戦後のアジア諸国と日本との位相を理解しているのだと思う。

 

 今の大相撲の横綱を務める外国人横綱を日本の天皇がねぎらうのは、悪いことではない。

 白鵬が「光栄です」というのも、褒められたのだから「光栄だ」と応えるのは間違いではない。

 

 しかし…、「よいことだ」とは思えないし、天皇からこんな言葉をかけられたのが朝青龍でなくてよかった、と感じてしまった。

 モンゴル軍が日本軍を敗退させた「ノモンハン事件」を題材にして映画を作りたいと言っていた朝青龍にとっては、やはり心中に複雑なものはあるだろう。

 

 いや、日本人の私がこんなことを言うのはおかしいのかもしれない。賜杯授与の自粛も間違いだし、協会が自粛したことに対して、天皇が優勝力士をねぎらうのも間違いなのだろう。

 日本が抱える「ねじれ」について、大相撲ほどあからさまに示してくれるものはないのかもしれない。

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独立委に時間を与えてほしい

2010/07/29 20:59

 

  名古屋場所が終わって、いよいよ大相撲では独立委員会の出番となってきた。

 メンバーの一人である新田一郎さんの著書『相撲の歴史』をパラパラめくって、びっくり仰天。歴史研究の手法が実証的で優れていること、視野が広いこと、さらにアマチュア相撲の実態をよく紹介していること、まったく非の打ち所がない好著である。

 

 悔やまれるのは1点だけ。

 なぜ、こういう人が朝青龍を現役時代にもっと公然と擁護してくれなかったのだろう。今さら言っても仕方がないが、新田さん!それだけは反省してください。

 

 と、いわずもがなのお願いを述べたが、大相撲の融通無碍の魅力を理解するうえで、これほどの適書はないと断言できる。

 

 文庫本として講談社学術文庫から発行されたのは7月10日で、実は私もまだパラパラ読みのレベルなのだが(ていねいに一言一句を追った読み方をするつもり)、例えば、こんな個所を読んでも著者の力量がうかがえる。

 

 「相撲とは何か」

 目先をかえて、「相撲」の語によって観念される内容に、互いに微妙にずれた次のような四つの層を想定し(中略)、この問題への接近を試みたい。

 第一層は、「相撲」の語の原義としての「力くらべ」「格闘」そのものである。(中略)

 第二層は、現代の「相撲」の競技ルールによって特定される格闘競技である。(中略)

 第三層は、ルールには明示されていないが、実際に力士(選手)たちの土俵上での競技形態を律している、「相撲の型」と呼ばれる技術体系であり、「相撲らしさ」を表現した層である。例えば、立会いは低い姿勢から踏み込んで当たり合うとか、上手を浅く引き差し手をかえすのが「四つ相撲の型」だとか(中略)いうのがそれである。

 第四層は、格闘競技としての要素以外の、「相撲」を装飾するさまざまな文化装置である。例えば、四本柱であるとか、力士や行司・呼び出しの装束であるとか、太鼓・拍子木の音色などによって表現される「相撲情緒」である(中略)。

 現代の「相撲ファン」の大多数が「相撲」として観念するのは、これら四つの層の重なりによって構成される、文化装置をまとった格闘競技なのである。

 

 新田氏は、「相撲」の輪郭はおぼろで、何を「相撲の本質」とするかは、一般性をもちにくい(ゆえに、例えば朝青龍への評価は相撲ファンの中でも分裂してしまうようなことが起きる)、と書く。

 

 そして、中学や高校、さらに学生相撲がまったくの集客力をもっていないのに、大相撲が高い集客力をもっている理由を鮮やかに示してみせる。

 

 確かにそうなのだった。大相撲が好きだからと、インターハイの高校相撲を見に行く観客はゼロだ。それほど、大相撲は「見せる」ために第四層を肥大化させてきたのであり、アマチュア相撲と大相撲には断絶があるのだ。

 

 新田氏は高砂部屋の松田マネージャーが親しくしている、東大の相撲部監督であり、故事来歴も含めて相撲史に詳しい人。本職は、法制史の研究者であり、東大大学院法学政治学研究科で教授を務めている。

 

 『大相撲の経済学』の中島隆信氏に加えて、こういう人が独立委の一員であることは、人選として最高だと思う。

 

 文部科学省が「迅速な改革を」と半畳を入れたらしいが、どうか、プランニングの時間を惜しむことなく(基本方針は決まっているだろうが、行動計画にするためには調査など、絶対的に時間がかかるものだ)、独立委に最上の仕事をしてもらいたいものだ。

 

 夏休み、この『相撲の歴史』を手がかりに、朝青龍の、そして白鵬の偉大さを理解していきたい。

 

※8月4日、タイトルと本文中の「改革委」を「独立委」に訂正しました。協会内部の親方が「改革委員会」の立ち上げを企図しているという報道があり、ミスを訂正すべきと考えたからです。

なお、独立委の正式名称は、「ガバナンスの整備に関する独立委員会」です。

 

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一人横綱、白鵬が築く新しい時代

2010/07/24 17:14

 

  名古屋場所を生で観戦しながら、やはり朝青龍を思った。高砂部屋日記で七連覇に挑む当時の朝青龍の姿を、名古屋の宿舎を提供している蟹江の住職が「入門時から身体能力も高いし、よく稽古するし、これは強くなる、と思っていたけど、ここまで強くなるとは思わなかった」と語っていたことなど、思い出していた。

 

 稽古嫌いとか、国技を舐めているといわれた朝青龍だが、入門後の初稽古では他の追随を許さない、真摯な相撲への姿勢を見せていた。

 

 平成10年12月3日の一ノ矢さんの文章。ほとんど暗誦できるぐらいになっている。

「ドルジくん、初稽古。予想していた以上に強い。馬力はあるし、足腰は強いし、突っ張りあるし、投げ技あるし、前に落ちないしで、言うことなしである。何より相撲への姿勢が素晴らしい。シコを300回もふますと、単調な運動だけに相撲への姿勢が顕著に現れるが、実に気合の入ったシコを最後まで踏みとおす。日本人力士も刺激されて活気に溢れた稽古場であった」

 

 ずいぶん、長く高砂部屋日記を読んでいるが、初日からこんなに周囲を変えた新弟子はいない。朝青龍は、周囲に波風を立てながら一日一日を過ごしていたのだ。そんなことを思ったら、涙がこぼれた。

 

 しかし、その朝青龍も恐らく予想していなかったのが、今の大相撲の窮地であろう。この「大相撲の受難の時代」に、白鵬は現れるべくして現れた横綱だったといえないだろうか。

 ほのぼのとした味わいの中に、澄んだ誠実さを備える白鵬でなければ、名古屋場所を応援するファンの心をこれほどまとめ上げることはできなかっただろう。精神的にはもちろん、それを相撲のスタイルとしても表わしてしるのが白鵬の連日の勝負だ。今場所それができるというのは、すでに彼は大横綱である証明だと思う。

 

 私が愛してやまない朝青龍が、今も綱を張っていたとしたら、彼は名古屋場所に出場しただろうか。意地の悪いメディアによると「朝青龍に賭博疑惑はない。彼はケチだから、琴光喜のように大金を投じることなど考えなかった」らしいから、賭博で謹慎はなかったかもしれない。

 しかし、暴行疑惑のときにいろいろな仲裁役が登場したように、

その筋との繋がりをなにやかやとでっち上げられて処分を受けていた可能性は高い。それこそ、やっと開催に漕ぎ着けた3日目とか4日目とかに週刊誌でキャンペーンを張られたりして、(朝青龍が全面的に悪いわけではないが)相撲ファンの気持ちを萎えさせていたかもしれない。

 

 角界と暴力団とのつながりは深くて広い。両者ともに社会の中で「ある種の生き難さ」を抱える若者を人材源にしており、身体を張って「パワー」を売りにして社会に面する。暴力団はもちろんだが、角界にも「不透明経理」で取り引きされるお金は大きい。年寄株、維持員席、後援会、パーティ、ご祝儀と「対価」ではないから相場も不明な帳簿に記載を免れる資金が出入する。

 

 暴力団側が角界にすり寄ってくるのには理由もメリットもあるということだ。

 それに比べれば角界のメリットは(各部屋が孤立しているから短期的にはメリットがあったかのように見えるが)ほとんどない。大相撲の根幹は、「日本国民に長く親しまれてきた相撲文化を正統に継承する」ことにあるからだ。文化を国民に楽しませてくれるから「公益」になるのだ。日本相撲協会は、自らの価値の源泉が「相撲文化」の提供にあることを再認識しなければならない。

 

 日本が敗戦で「国体の大変革」を受け入れたとき、大相撲は「武道」を捨てて「スポーツ化」の道をとって延命をはかった。外国人力士の採用も興行としてのマーケットの拡大とともに「競技としての充実」をはかるために取った方法であり、スポーツの証明のような点がある。

 本来なら、社会が安定期に入った1970年代には様々な改革に取り組んで、「文化の継承と競技の公正」の両立をうまくかみ合わせる施策を採用していくべきだった。

 実際には、この時期に小部屋が乱立するようになり、改革に向かうより部屋の孤立と無力化が一段と進み、相撲部屋の力士育成力は一気に低下した。ここで相撲人気が下降すれば親方に危機感も芽生えたのだろうが、不幸なことに若貴フィーバーというバブルが到来して逆に人気を高めてしまい、改革の必要性から目を逸らせることが可能になった。

 

 朝青龍はそうした矛盾をいっぱい抱え、不透明で薄汚れて、本音と建前が渦巻き、裏と表が乖離した時代を一人横綱として全力で支えてきた。

 それもまた、朝青龍にしかできない芸当であっただろう。

 

 そして、朝青龍は相撲界を去った。そう、彼はもう日本の相撲から去ってしまったのだ。朝青龍が立つ土俵は、大相撲にはもうないのだ。

 

 まだ、暴力団とのつながり問題は収束には向かっていないが、それを押さえ込む迫力で白鵬の連勝記録が更新されている。

 

 白鵬時代、それは「公益法人として」日本相撲協会が立ち直る時代になる予感がする。穏やかで、端正で、そして抜群に強い横綱が、モンゴルから日本の大相撲新時代のために渡来してくれた、そう思った。

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捨て去るには惜しい、ユニークな娯楽

2010/07/24 16:54

 

 名古屋場所が観戦料に見合う価値があるのか、そう自問しながらも「イヤイヤ、一見の価値はある」と大阪から名古屋まで足を伸ばして21日、11日目の土俵を見物した。

 当日券の枡席(バラして一人分で販売している)を購入し、館内へ。ぎりぎり幕内土俵入りに間に合う時刻だったが、満員御礼とはいえないものの、力士への声援や拍手も大きく、館内は地方場所独特のガヤガヤとした大衆娯楽的な気に満ちていた。夏休みに入っているせいか子どもの姿も多い。盛り上げよう楽しもうという観衆の意気込みを感じた。

 野次に近い掛け声が一段と大きくなったのは白鵬横綱土俵入りだ。

 「白鵬、今日も負けるなよ~!」

 「白鵬、今日は負けろよ~!」と声が交わされる。

 そんな中、前傾すぎるのが難ではあるが、白鵬大鵬に似せた土俵入りを披露する。せり上がりに会場全体から拍手が起こる。

 

 相撲を盛り上げてやろうという観客の気持ちは、確かに白鵬が支えていることを感じた。

 

 中継がないせいで、仕切りから見るのは久しぶりだからだろうか、呼び出しが土俵を掃く姿(2人が所作のリズムを合わせてきれいに掃け目を残す)や声がとても美しいものに思えた。行司の体さばきも見事だし、徳瀬川をはじめ均整のとれた力士が多く、土俵での動きも俊敏だ。

 暴力団とのつながりが暴き立てられ、窮地に追いやられている大相撲だが、さすがに本場所の差配は見事、土俵は明るく活気があって、力士は気迫あふれる相撲を見せていた。この様式美と大勢のスタッフの息の合った仕事ぶり、館内に漂う鬢付け油の甘い香りと力士の肌の美しさ、この巧みに制御されたイベントは一朝一夕にできるものではない。

 

 やはり、このエンターテインメントを手放すのは惜しい、正直そう思った。朝青龍を引退に追い込んだことは悔しいし、悲しい。が、それでもなお、これからの人生、まだ相撲を見ていたいと思った。

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改革めざす「独立委」メンバーへの期待

2010/07/15 22:07

 

 

 7月14日付け「日刊スポーツ」に「ガバナンスの整備に関する独立委員会」のメンバーである中島隆信教授(慶大・経済学)のインタビューコラムが載っている。私見と断りつつ持論を展開しているのだが、急務は(大方の識者がこれまで唱えたような力士教育や規律の徹底ではなく)部屋制度の改革であり、「部屋が親方の個人財産であることがそもそもおかしい」と主張はクリアだ。「相撲の文化を守りたいから、変えるべきところは変えたい」と、あるべき論を長期的な目で追及するという。

 なかなか期待できる発言だと思う。

 

 中島氏の『大相撲の経済学』は、相撲関連で読んだ書籍の中では、視点の専門性において、また大相撲の現在をよく見ている点において、出色の一冊だった。内館牧子氏の手法―アカデミックな装いはあっても、相撲の来歴や故実を適当に切り張りする―とは雲泥の差があった。

 たいていの相撲解説者が「何を考えているんでしょう?」と不審がっていた朝青龍の行動(協会幹部に遠慮がなかったり、モンゴル帰国が過多だったり)を実に合理的に説明してくれたのも『大相撲の経済学』だった。

 曰く、「今までの横綱が協会の言うことを聞いてきたのは、自分もやがて協会幹部になるというインセンティブがあったから。協会に入るつもりのない朝青龍が周囲に気兼ねしないのは当然の行動」と書かれてあった。

 部屋でスカウトして、指導するのも部屋の親方となっているのに、力士個々人への給与(査定なども含めて)の支給が協会であることの不合理に気付かせてくれたのも同書である。親方の言うことを聞いても聞かなくても給与が変わらないのだから、指導に限界があるのは当然のことだ。

 相撲への愛情がありながらも、こういう「冷静に制度構築ができる」センスが改革を考える際には必要なのだと思う。中島氏がメンバーに入ったことで、この委員会への期待が私の中では一気に高まった。

 

 朝青龍の行動は、とても理にかなっているという当たり前の指摘すら、2006年当時は新鮮に感じた。そうして、「婦人公論」でタミルさんが「茶道や華道を習って日本文化をしっかり自分のものにしたい」と自分の将来像を部屋の女将さんとイメージしていることに、 少し戦慄を覚えた。朝青龍は日本文化を尊重してはいても、自分が日本文化に染まろうとはしていないと思えたからだ。

 朝青龍関がタミルさんのことを一切口にしなくなり、日本からタミルさんの姿が消えて3年になる。離婚の発表は、ちょうど1年前だった。

 

 朝青龍モンゴルを生活の拠点として三ヶ月。タミルさんと「復縁」しそうなのだという。2人にとっても大きな障壁だった「日本文化受容問題」は、思わぬ早い引退で解消したのかもしれない。

 中島教授のコメントと共に、朝青龍ファンとして、久しぶりに喜ばしいニュースを聞いたと思った。

 

 

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白鵬の手刀

2010/07/13 11:34

 

 中継がなくなって、ダイジェストで名古屋場所の取り組みを見ている。

 初日には気付かなかったが、2日目、栃煌山を押し出した白鵬が手刀の切り方を変えていることを知った。

 

 右手を一度、縦に動かし、行司の軍配の下をくぐってから、また軍配の上で縦に手を動かしている。そうです、これは、朝青龍がしてきた「心」の文字をなぞるやり方です。

 

 朝青龍は「国技を愚弄する横綱だ」といわれない非難を浴び続けてきたが、その最たるものが「左手刀問題」だった。

 朝青龍がたまたま左利きで、その利き腕で手刀をきって懸賞をとったことから、「日本文化を無視した」とされたのだ。非難の急先鋒を担ったのは内館牧子氏で、神道において「右手は浄で左手は汚れ」等、付け焼刃的な日本文化論を唱えて朝青龍を罵ってきた。

 ※私は神道を重んじるものではないが、神道においての右手優位というのにも諸説あるらしい。本来の神道では左手が浄という説もある。

 

 朝青龍は、こうした非難に対して、反論を試みたわけではないが、周囲に質したり、自分でビデオを探してみたりと検証を重ねたようだ。そして、彼が得た確信は、「こうした言いがかりをつけられるのは、自分がモンゴル人だからだ」というものだった。

 

 というのも、①手刀が規定になったのは昭和41年と新しいことであり、しかも懸賞の受取という行為に神事性を云々するのは無理がある

②慣例として手刀を切るようになったのは、昭和26年ごろからだが、以来、左手で切ってきた例が複数ある(しかも誰も注意はされていない)

③手刀を左右どちらで切るか、規定にはない

からだ。

特に、技の研究でも過去のビデオを検証することの多かった朝青龍の面目躍如といっていいのが②の実証検分である。彼は、だから、非難されてもかなり長い間、手刀を左で切りつづけた。

 こういう「へこたれない」、「きかん坊ぶり」は、私は大好きだが、世間からは評価が分かれるところではあろう。

 

 非難から1年半ほどたって、朝青龍は右手で手刀を切るようになったが、これがまた、「落ち葉が舞うようにひらひらして不格好」と内館牧子氏からは大顰蹙だった。それが、白鵬と同じ「心」という文字を描いていたからだ。

 

 一人横綱、しかも強い横綱だった朝青龍に、「外国人だし、いらぬ摩擦は避けるようにせよ」と、日本人の異文化受容力(のなさ)を説いたのは松浪健四郎だろう。だが、そこは朝青龍高砂部屋の伝統に従って、かなり個性的な手刀を切るようにしたのである。

 

 ここからは、文春新書「力人の世界」で33代木村庄之助(高砂部屋)が著していることを紹介する。

 木村庄之助は、手刀の作法にまで神事を引き合いにだし、左は「神産巣日神」、右が「高御産巣日神」、中が「御中主神」、いずれも五穀豊穣を司る神様への感謝の意を表したものだとする人がいることに反論する。「手刀が慣例となった時期からして、この説は後付けにすぎない。第一、神様を片手で拝むなどおかしい」とし、名寄岩が「ありがとうございますという感謝の気持ちを表したくて、『心』という字を手刀で書いている」という話に皆が感動して広まったという方が、よほど信憑性も高く良い話だというのだ。

 

 同じ高砂部屋に所属していた朝青龍が、この木村庄之助説を取り入れた可能性は高いと思う。

 

 そして、賜杯や総理大臣杯、優勝掲額などを自ら辞退した協会の姿勢に「自ら国技を潰す気か」と憤った、モンゴル人の白鵬が、朝青龍の心中を思って名古屋場所では「心」という手刀を切りつづけるのなら、白鵬の憤りはかなり深いとみなければならない。

 

 大したヤツだな、と白鵬に敬意を感じる。

 それでもやっぱり好きになれないのだから、私は困ったヤツである。

 

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